新解 常不軽菩薩品第二十ー30(P529)

 こういうことは、文字その他文化の伝達機関が発達した現代においては、理くつに合わない話のように考える人があるかもしれませんが、そういう考えこそ目先のことしか見ていないのであって、この悠久な宇宙の歴史のうちには、いま人間がつくっている文化のようなものは、いくど出来、いくど滅びたかわかったものではないのです。

 こういう悠久な宇宙の歴史を考えるとき、数多くの威音王如来が真理を説かれたことも、その真理を臨終の常不軽菩薩がひとりでに悟得したことも、けっして不思議なことではないのです。

今朝はまた、なんというか、仏性を開きなさいというような夢を見ました。

小鳥が、なにか、標本にされかかってるような感じで

痛々しく飛んでたので、

まずは、苦しまずに殺してやろうと、

金槌で、叩いて殺そうと2度ほど、飛んでるところを金づちでたたいたのですが、

まだ、温かく、ほんとうは生きたいのじゃないか?

まだ助かるのではないか?

って思って、助けようとして、

でもなぜか、その時、とりは、もう、透明の玉の中で、液体と一緒に入ってるのですが、

それを破ると、まだ、息があって、足かせみたいなのも、

おもったより簡単に外れて、

よかったね!ってなところで、はなしたら、

弱々しく飛んで、木の近くに落ちるんですが、

その時に、猫がいて、食べられてしまうと思い、

また、つかまえて、このままじゃあ、死んでしまう、

元気になるまで餌を与えて元気にしてやろう!

ってなところで、目が覚めたのですが、

なぜ、こんな夢を見たのだろう?!?

あきらめずに、菩薩道を歩みなさいということでしょうか?!?

ってなことを思った

今日このころの

水曜日です。