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被災して初めて分かったことです

避難所に入った際

被災の度合いが違う人々が同じ空間にいることになります

 

住んでいた家は大丈夫だけれども

家にいるのが怖いので避難した人...

 

津波で一階が浸水したので避難してきた人

 

たまたまその地域を訪れていて被災した人

 

家が全壊流出し 身一つで避難してきた人

 

避難時にけがを負い 命からがら避難した人

 

みんなそれぞれに大変な思いをして

避難所という同じ空間で 同じ時を過ごします

 

私たち家族も 雄勝町の火葬場から

隣町の河北中学校の体育館へ避難させて頂きました

その体育館には避難している人も少なく

周りにいる方の様子が見渡せるような状態でした

 

だいぶ高齢で介護が必要なはずのご夫婦や

デイサービスの送迎途中で被災した糖尿病の方

皆 違う背景を持って避難しています

普段は家庭の中にあって他人には見えない

人々の生活の現場がそこにはありました

 

それぞれが生きるために精一杯の状況でした

 

避難して確か翌日あたりだったと思います

一人に一本500mlのペットボトルで飲料水を頂きました

 

雄勝の火葬場では山水を煮沸して飲んでいましたから

断水中の避難所で水が飲めると思わなかったのです

 

当時小学校6年生と3年生だった子供たちに

「 この水で生きるんだから 

  喉が渇いたときに少しずつ大切に飲むんだよ

  一回でいっぱい飲むと すぐおしっこになって

  体から出て行ってしまうから 少しずつだよ 」

そのように念押ししましたが

あのひどい状態を本当の必死で逃げてきた子供達は

その水が自分の命を繋ぐことを理解していました

 

本当になめるように少しづつ飲んでは

大切に大切に蓋をして 体から離さずにいました

 

しばらくして 二人で体育館を歩いていた子供たちが

泣きそうな顔で私のところにかけ寄り

息を切らせながら小さな声でこう訴えました

 

子供達には 皆が大変な思いで避難しているのだから

大きな声で話したりしないよう 言ってありました

 

「 お母さん あの人たち 飲み水で歯を磨いてる! 」

「 これは 生きるための水なのに 歯を磨いてる! 」

幼くも真剣な怒りを込めてそう言ったのです 

もちろん 私達は被災後 歯磨きも出来ていない状態です

 

そっと 子供たちの言う方向にに目を向けると

皆が共有している体育館の 自分の寝床で

そのご家族は立ったまま 歯磨きをし

自宅から持ってきたのでしょう

歯磨き粉の泡だらけにした口を漱ぎにトイレに行くため

頂いた飲み水を口に含みながら歩いていました

 

トイレから戻ってくるときには

「 足りないものは家に帰って持ってくればいいんだから 」

「 そうだね 家に戻れば一階はダメでも物はあるんだし 」

そのように言いながら避難所の中を歩いていました

 

もし皆さんが 

私や子供たちと同じ状況で

この様な場面を目にした場合

どのように思われるでしょうか

 

 

また 避難所にいる親戚を心配し

食料を大量に差し入れしてくださる方もいましたが

頂く方で助かった 有難いと思ってはいても

そこには 戸惑いもあるのです 

「 私達だけ皆の目の前で食べるわけにはいかない 」と

周りで同じように避難している方への申し訳なさがあるのです

 

いくら多くの食料を頂いても

同じように避難してきた皆に分けるほどあるわけではなく

どうしても切羽詰まって食べるのであれば 

身を隠して食べるしか方法が思いつかないのです

 

これは私も被災して初めて分かったことです

 

人から聞けば 

そんなの当たり前でしょうと思うかもしれませんが

実際自分がその空間に身を置くとよく解ります

 

これがもっと大きな避難所で

大勢の人がひしめき合う中で

私は自分の分を用意してきたのだから

持ってこない人が困るのは当たり前でしょう

そのような考え方で 

持参した食料を皆の前で食べていたら

周りの人はどんな感情を抱くでしょうか

 

もしその備えを奪おうとする人がいたら

自分にも責任があるとは思わないでしょうか

恐ろしいとは思わないでしょうか

 

人間には心があります

特に被災時には何があるかわかりませんから

通常よりもよく考えて行動しなければいけません

 

稚拙な記事ですが 

皆様のお心に触れる何かがございましたら

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#語り部佐藤麻紀