読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蛇に飲まれる 後

もう少しで終わりますから。

ああ、その前にちょっと一杯飲んでもいいですか。

すいませんね、手が震えているもんで、酒でも飲まないとやってられない。

え?いやいや、そんなんじゃないんですよ。酒を飲みたいわけじゃないんです。

美雪が連れて行かれてすぐに家を引き払って、仕事も辞めました。

とてもあの場所にいられる気がしなかった。それでね、荷物を整理していて一番困ったのが残された美雪の荷物だったんですよ。でもね、もう残してたって仕方ないし、会えるわけもないから、全部捨ててました。冷たいって?まぁ、お兄さんも俺と同じ状況になったらそうするよ。

でもね、一つだけ、今でも持っている物があるんです。これですよ。そう、靴。

いつもボロボロの靴を履いてたいたから、美雪、買っていてくれたんです。誕生日のプレゼントだよってメモが入ってました。俺は何にも美雪に用意していなかったのに、あいつバカですよね。いや、本当のバカは俺か。

まぁ、そんなことがあって、同じ地域にもいたくなかったから、ここにたどり着いたわけですよ。

昼間の仕事に就こうと思ったけど、やっぱり行きつく先はここでしたね。

でも、俺はここが好きだ。こうして話を聞いてくれるお客さんもいるし、話をすることによって俺は救われてもいるわけです。ああ、本当ですよ。信じてくださいよ。こっちに来て、こっちらの生活に慣れてきた頃、ここで前働いていた男が風俗に行こうって言い出したんですよ。変な話、俺美雪がいなくなってから女っ気がなくなっちまって。二つ返事でOKしたんですよ。

ほら、この地域ってそういうの有名でしょう?なのに一度も行ったことがないなんてもったいない話ですよ。

男に連れられて行った風俗は王道のソープランドだったんだけど、そこでちょっと変な女にでくわしちまったんだ。

受付に行って、女の子の一覧眺めていた時に、一人の女が飛び出してきて、すぐにがたいの良い男に捕まってたんだけど、その女捕まえられながら「美雪ちゃんみたいになりたくない」ってうわごとみたいに言ってたんだ。美雪なんてそこらへんにいるような名前なのに、どうしてか俺気になっちゃって。その女指名したんですよ。今考えればバカなことしました。

本当、俺はろくでもない。

その女、ユカって名前で、ユカにどうして美雪ちゃんみたいになりたくないのかを優しく聞きました。

当然、セックスする気なんてその時点でゼロです。

ユカの話は、九州でヤクザものに連れてこられて風俗入って薬物中毒にさせられた子がいて、そのうち使い物にならなくなったから、虐待系のAVに出て、そのまま死んだというものだった。

あまりにも現実離れしていて、俺は目がちかちかした。

だから、ユカにあんな変なこと言ったんだろう。

「そのAVって売ってんの?」

って。

ユカは持っていると言って、カバンに常に入れてあるから、仕事が終わったら渡すと言ってくれた。

どうしてあんなに親切にしてくれたのか、今でもわからない。

ユカは本当はあのビデオを持っていたくなかったのかもしれないな。

もらったビデオはすぐに見ましたよ。

始まりからもう、半狂乱になってる若い女が椅子に縛り付けられてました。ええ、お察しの通り俺の知ってる美雪でした。

なんであんなことになっちゃったのかな…。美雪は叫び声をあげていた。殴られて吐いてやられて吐いて。血だらけでした。

思いつく限りの暴力を受けていたと思います。最後には動かない美雪だけがぽつんと映ってました。

俺は、泣きながら吐いてた。ちゃんと見たけど、言いようのない感情が巡り巡って、ビデオも壊していた。

その日から、毎日夢を見るんです。

俺の知っている頃の美雪が最初は出てきて笑ってくれるのに、だんだんぼろぼろになって血だらけになって、最後には鉄くずになる。

そんな夢です。

夢の中の美雪はいつも何か言いたげに首をかしげて口をパクパクさせているのに、声は俺に届かない。

毎朝、俺は泣いている。俺は、美雪がきっと好きだったんですよ。

段々、俺の何かがおかしくなっているのを感じてた。目に見えるものが現実なのか美雪が見せる夢なのかの区別がつかなくなってきて、歪みを感じるようになってきた。だけど、毎日美雪は夢に出てくるし、相変わらず何が言いたいのか聞こえない。

でもね、お兄さん。

やっとこの前美雪の声が聞けたんです。

だから、この話をする気になった。

あの日の夢はより現実的でしたよ。まるで美雪が本当に隣にいるみたいで吐息まで聞こえてきて。

俺は靴のお礼をしながら、何が言いたいんだと問いかけたんですよ。そしたらね、美雪、言ったんですよ。

「あたし、お兄ちゃんのこと好きだったよ」

って。お兄ちゃんっていうのは俺のことで、美雪が知り合った頃に呼び始めてずっとそのままだった呼び名。

それ聞いて俺ね、完全に壊れたかもしれないんだ。

もう、夜が怖くてしかたがない。

死ぬこともできないし美雪に何もしてやれない。

相変わらず夢に美雪は出てきて、俺を好きだと言ってるんだ。

お兄さん、もう夜が来るね。

早く帰りな。