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◆外国人は我慢しろと? 「鎖国」が進む中国社会  覚悟が必要、支配を拒めばこんなに不便だ

◆ 外国人は我慢しろと? 「鎖国」が進む中国社会  覚悟が必要、支配を拒めばこんなに不便だ

JB press】 04/24

安田 峰俊

 今春、江戸時代の日本の外交姿勢をたとえる「鎖国」という言葉を教育指導要領に含めるか否かで世論が沸騰したことは記憶に新しい。

実際はオランダや中国と交易関係があったと解釈する学問上の定説と、「鎖国」という単語に慣れ親しんだ世間の感覚とのズレが議論の原因だった。

 他方、現代の中国においても「鎖国」が進んでいると聞けば、やはりピンとこない方が多いことだろう。

 2016年の中国の貿易総額は3兆6850億?で世界2位、一帯一路政策を提唱する中国首脳部は毎日のように各国の首脳とよしみを通じ、国際社会におけるプレゼンスの拡大を図り続けている。

現在、中国はボリュームの面においては史上最も海外との接触が多い時代を迎えていると言っていい。

 だが、中国を訪れる外国人の肌感覚として「鎖国」はリアルな言葉だ。

すなわち、我々外国人の多くは、現代中国の一般市民が当たり前のように享受している便利なサービスの多くを利用できず、また自国で使っている多くのサービスが中国では使えないためである。

 しかも、この不便さは中国の社会が「遅れている」から発生するのではない。

中国では(特にITの分野では日本以上に)先進的でスマートなサービスが数多く提供されているにもかかわらず、これらがほぼ意図的に中国国民のみに特化した提供形態を採用しているため、下準備をおこなわない外国人だけ大きく割を食うハメになっているのだ。

 砂漠で自分の目の前に水がたっぷりあるのに、ヨソ者の自分だけがそれを飲めないもどかしさ。

これぞ現代の中国における「鎖国」の正体である。

● 中国では”ガイジン”だけが損をし続ける

 具体的な場面をシミュレートしたほうが分かりやすいだろう。

仮にあなたが予備知識を持たず、また現地の中国人からのサポートもない状態で、北京に3日間出張したとする。

 空港の制限エリアを出て、まずは困るのがホテルへの移動だ。

中国では国民への情報統制と自国産業保護の目的からグーグルをはじめとした国外のインターネットサービスの多くが遮断されているため、いまや私たちの生活上の必需品となっているグーグルマップが使えない。

 この問題を解決するには中国アプリ(中国語)の「百度地図」などを、情報流出のリスクを覚悟してあらかじめインストールしておくか、中国からでも国外サイトに接続可能な技術を提供するVPN機能をスマホやパソコンに仕込んでおく必要がある。

ただしこのVPNも、特にセキュリティの厳しい北京などではなかなか接続できず、トライ&エラーの繰り返しで膨大な時間を無駄にすることを余儀なくされる。

 そもそも、日本の携帯キャリアから海外でネットにつなぐ際に追加のパケット代を支払いたくない場合はWi-Fiを利用するしかないが、中国のパブリックWi-Fiの多くは現地の携帯電話番号を用いたログインが必須である。

中国大都市部の公共スペースのWi-Fi環境は日本以上に整備されているものの、最もWi-Fiが必要であるはずの短期滞在の外国人はそれを使えないという困った事態に直面することとなる。

 ちなみに外国人が中国で携帯電話のSIMカードを買う際はパスポートの提示が必須で、自分の個人情報を当局に提供しなくてはならない。

他国とは異なり監視社会である中国においては、このSIMを使った携帯は当然ながら会話を盗聴される可能性があるし、その気になれば当局はGPSを使って携帯の所有者の所在地や行動の内容をリアルタイムで補足し続けることもできる。

(事実、中国国内にいる民主活動家や外国人ジャーナリスト、大企業の外国人幹部などはこの方法で一挙手一投足を監視され続けている)

 なんとか空港シャトルに乗り、市内の駅に到着してからも大変だ。

ホテルまでの交通手段が分からないならばタクシーを使えばいいと、北京のすさまじい大気汚染に耐えながら道路脇で車を何十分も待っていても、いつまでも捕まらない。

しかも腹が立つことに、なぜか周囲にいる中国人たちは待たずにどんどん車両に乗り込んでいく。

 これは彼らがタクシーの配車アプリや中国版のUber「滴滴打車」を使っているためだ。

例によって中国アプリをインストールし、中国国内の携帯電話番号を入力するなどすれば、苦労を味あわずにすぐに車に乗れるわけである。

 現地では逆に「流し」のタクシーがどんどん減っているため、中国語が話せなかったり、アプリ利用を知らない(できない)人だけが大幅に割を食うことになる。

● 利便性は個人情報と引き換えに

 やっとホテルに到着して、近所のキオスクのような店でミネラルウォーターを買おうとすると、さっき空港で両替したばかりの100元札がニセ札であると突き返されるかもしれない。

一方で他の中国人客を見ると、スマホのウェブ電子マネー「WeChat Payment(微信支付)」などを使って、ニセ札知らずでキャッシュレスで買い物をしている。

これを使うにはやはり中国アプリをスマホにインストールし、さらに現地の銀行口座と紐つける必要がある。

 仮にあなたが現地の知人名義の携帯SIMを使うなどしていた場合(※ 長期・短期滞在を問わず、私を含めた外国人は従来こうした手法を取る人も多かった)、携帯と銀行口座の名義が一致しないため利用はNGである。

ウェブ電子マネーはものすごく便利な機能なのだが、これを使うことで自分の行動形態は全て当局に筒抜けだ。

 翌朝、すこしホテルの近所を出歩きたいと考えたとする。

中国の街はだだっ広く、徒歩移動には限界があるため、自転車があると便利だ。

中国では昨年ごろからシェアサイクルがブームで、街のあちこちで乗り捨て可能なレンタル自転車を安価で借りることができる。

ただ、こちらも多くは料金支払いにあたって専用アプリや WeChat Payment の利用が必要。

結果、周囲の老若男女の中国人がスイスイとシェアサイクルをこいで移動するなか、外国人のあなただけが徒歩でとぼとぼと街を歩くこととなる。

 ちなみにシェアサイクルの提供元である大手各社は、中国国内の信用ポイントサービスと連動しているため、過去に各種のウェブサービスで踏み倒しなどを行ったユーザーだと貸し出し処理ができない場合がある。

品行方正ではない人はサービスを利用できないというわけで、確かに便利かもしれないが、中国では“オイタ”な行動やささいな失敗がまったく許容されない社会が構築されつつあるということでもある。

 ほか、仮にあなたが別の都市に移動したいとする。2000年代以降、中国では高速鉄道網の整備が急速に進み、いまや総延長距離で従来は各国別1位だった日本を抜いて世界最大の高速鉄道大国に成長した。

だが、(路線によっても異なるが)外国人の場合は長い列に並び、膨大な時間を使って疲れ果ててチケットを買うことを余儀なくされる。

もちろん中国人であれば、自動販売機にIC化されたIDカードをかざすだけでスムーズにチケットを買えるし、そもそもネットで買ってしまう人も多い。

 ここでも割を食うのは外国人だけというわけだ。

ただし中国人の場合、高速鉄道や航空機での移動の履歴はすべて当局側に蓄積されていくので、お忍びの行動などはまったくできない。

また当局は、過去に公共交通機関の利用上で問題行為を起こしたデータを持つ人間にチケットの購入を制限するなど、より踏み込んだ管理も進めつつある。

● 「鎖国」から逃れるには支配を受け入れるしかない

 日本においても、一部のポイントカードや電子マネーは使用者の利用情報を収集してビッグデータとして活用しているが、こちらは個人情報保護の面での配慮がなされている(とされる)。

一方で中国の場合、生活の各方面において提供されている極めて便利で先進的なサービスの数々は、全て本人のプライバシーと明確に紐付けされた膨大な個人情報を当局に握られることと引き換えに、得られる仕組みとなっている。

 これらはもちろん、中国当局が防諜や国民管理の目的から意図的に政策として進行させているものである。

その背景にある事情や中国人自身の認識について、亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師の田中信彦氏は下記のような指摘を行っている。

これは主にウェブサービスの信用度に関して論じた内容だが、中国におけるより広範な各種サービスへの個人情報の紐付けについても同様の論理が適用できるはずだ。

やや長くなるが引用しておきたい。

 “悪いことをしようとしてもできない(リスクが高すぎる)社会、人を騙そうとしても騙せない(割が悪すぎる)社会をデジタル的につくり上げ、「ルールを守り、真面目にコツコツやったほうが結局はトクだ」という仕組みで、社会をがんじがらめにする。

そうすることで否応なく人に「良い行動」をさせる。

やや極端に言うと、そういう壮大な試みが、いま全土で進行中だ。”

 “一方、中国ではもともと社会主義的な情報一元管理の仕組みがあり、西欧社会流の「プライバシー」という観念は成熟していない。

宗教的、道徳的な土壌も違う。

自らの情報が公的機関はもちろん、企業によって収集、活用されることへの抵抗感は、個人差はあるものの、全般に薄い。

むしろ自分自身の情報開示に相応のメリットがあるならば、積極的に公開してもよいと考える人が多数派だ。

そのため企業が個人の信用情報の活用を進めやすい。

ここに中国の信用情報システム構築の際立った特徴がある。”

 “情報のデジタル化を武器に、権力と民間が一体となって個人の信用情報を網羅的に管理し、その「アメとムチ」によって個人の行動を変えさせる。

その試みは、まさに中国という専制国家ならではの凄味がある。

その全ての基盤は冒頭に書いたように「快適かつ安全な社会の実現はプライバシーに優先する」という中国社会のコンセンサスにある。 ”

(「『信用』が中国人を変える スマホ時代の中国版信用情報システムの『凄み』」)

 私が本稿で挙げたシミュレーションは単発の短期出張者の行動なので、やせ我慢をして中国式の「便利」なサービスの利用を拒否し、「鎖国」に甘んじる選択肢も可能ではある。

だが、定期的に中国を訪問したり、現地に駐在・留学する人にとって、この選択肢は日常生活上においてきわめて不公平で理不尽な苦労を背負い込むことになるため現実的ではない。

自分が損をしないためには、消費・移動・通信などにまつわるあらゆる行動の情報を、中国人と同様に当局に提供せざるを得ないというわけだ。

中国における「便利」は「監視」と同義語なのである。

 もちろん、「自分は悪いことをしないので情報を提供してもよい」という考え方もあるだろう。

だが、中国における「悪いこと」の基準は日本とは異なる。

 中国国内でNGOに協力したり、在留日本人としての権利保護を集団で主張したり、たまたま中国人の民主活動家の友人を持ったりすることも「悪いこと」である。

それどころか、仮に今後に日中両国の関係が極度に悪化した場合、日本人であることそれ自体が「悪いこと」となり、移動や通信が制限される可能性だって否定できない。

 ──そこまで怖いことを考えなくとも、事実として中国は外国人にとってはどんどん不便な国になりつつある。

そして、この変化は今後も不可逆的に進んでいくはずなのだ。

      ◇◇◇

安田 峰俊 (やすだ・みねとし)

ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。

1982年滋賀県生まれ。

立命館大学文学部史学科東洋史学専攻卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。

当時の専攻は中国近現代史

一般企業勤務を経た後、いくつかの職業を経て文筆の道に。

著書に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)のほか、編集・構成を担当した『だまされないための「韓国」』(浅羽祐樹・木村幹著、講談社)を2017年5月9日に刊行。